必死、つまり本気になるかどうか。
精神論かよ、と侮ってはならない。人間とはつまり精神だ。
精神が口を動かし、精神が体を動かし、精神が物事を考えている。
ゆえに精神こそ最も大切な要素なのだと私は考える。
だからこそ私はこのブログで「マインドセット」に多くのページ数を割いているのだ。
どんな素晴らしい方法論も、それを操る素晴らしい精神の持ち主でなければ使いこなすことはできない。
必死になると、人間は否が応でも生き抜くためにもがくことになるので、結果として素晴らしい成果を生み出す。
果たして必死でない人が、本気でない人が、自分の理想の人生を歩むことができるだろうか?
本気でない、必死でないとなると、自分自身の人生を人任せにして他人の指図通りに動き、他人に都合よく振舞い、そのくせ全ては他人のせいだと文句ばっかり言って現状を何も変えようとしない、しようもない人物が思い浮かぶ。
何を隠そう、それは今の私のことだ。
ぬるま湯に浸かっているだけで満足か。
しがらみの多い現状で満足か。
自分のやりたいこともできないままそこで労働して年老いていくのか。
それは本当にお前のやりたい仕事なのか。
あと半年の命と知っても、同じことを続けるのか。
実際、我々は何となく、平均寿命くらいまでは生きるんじゃね?と妄想している。
答えは、「否」である。
半年後どころか、1秒先の命さえ保証されたものではない。
我々に与えられた、生きる時間というのは、過ぎ去ってみればほんの僅かのものである。
その僅かばかりの人生の時間をどう使うかが問われている。
やるか、やらないか。
やらないならそれでもいい。全てお前が決めた人生だ。
やると決めたら直ちに行動せよ。
行動した先にしか、求める人生はない。
211120
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