総務課長は言った。
「そんなこと言われたらわしゃ悲しくなるわ。」
私は淡々と切り返した。
「私は感情論で話をしているのではなく、法律論で話をしています。」
我ながら鮮やか。100:0で私が優勢である。
相手に寸分の隙も見せぬ、山本星海の完全一本勝ち!!
これは私が退職に際して残りの有給を全部使い切ると主張し、それに難色を示す総務課長との退職交渉のクライマックスに近い部分である。
なおこの後ほどなくして総務課長がブチ切れ散らかす。大体論戦でキレたら負けを認めたようなもんである。
うん、負け犬なんだから遠吠えしたってしようがねえやな。
俺の反撃はこれにとどまらない。
我ながらあの時は随分と自信たっぷりに自分の主張を押し通したものである。
私はただ、法律に従って法的に認められた権利を主張しただけだ。
それをすんなりと認めないということは、私の権利を不当に取り上げる行為に等しい。
つまり、奴らは泥棒と同じなのだ。彼らの考えをそのまま社会に出せば、当然に制裁を受けて然るべき内容のものだ。
そうしたわけであるから、私には最初から絶対的な自信があった。
思えばこうした私の語り口の端々が彼のボルテージを上げさせ、激昂するに至らしめたのだろう。
まあ少し彼の肩をもってみるとしよう。
本稿をしたためようと思ったきっかけは、この可哀想な操り人形の総務課長に、憐憫の情を垂れてやろうという私の老婆心からである。
彼をキレさせない配慮に欠けた物言いだったのではないか、と言われればそれも尤もな話である。
もっと他にいくらでも言いようがあったのは確かだろう。彼をキレさせた原因の一端は私にある。それは率直に認めよう。
彼を必要以上に責め立てるべきではなかった。
窮鼠猫を噛む、である。彼はまさに、猫に追い立てられ、袋の中に追い詰められたネズミに他ならなかったのである
だって彼は交渉の最前線に立たされていながら、なんの権限も持っていない。
社長でも何でもないんだぜ(もっとも、仮にそれが社長だったとしても結論に何ら変わりはなかったのだがな)。ただの哀しい中間管理職なんだぜ。
だって自分で言ってるじゃないか。
「悲しくなる」って。
おいおい、アラシックスのおっさんが言う反論がそれかよ。悲しいのはこっちの方だわ。こんなアホが牛耳る組織に20年も勤めていたこと自体が。
まあ、悲しいよな。わかるよ。
山本を何とかしろと、上から言われて渋々出てきたんだろう。総務課長のお前の役割だと。
何とか有給を取らずに辞めさせろと命令されたのだろう。わかる、わかるよ。それがいかに無理難題かということも。
アンタの置かれたどうしようもない立場が。
しかもそれを伝書鳩したらしたで今度は下っ端の役職すらないペーペーの分際で山本が生意気にも法律論を振りかざしやがる。こっちが法律違反できっこないことを重々承知の上でな!!
慣習論と感情論で押し通せると踏んでた相手が、まさかの法律論一本で挑んでくるとは夢にも思っていなかったんだな。
飼い犬に手でも噛まれたような気分だったんだろうな。
そりゃキレたくもなるよ。どうやら録音機も持ってなさそうだし誰も聞いてるはずないしな!!
そう、総務課長は私と二人っきりであるのをいいことに、大人気なく大声で私を脅してきたのだ。
ヤクザかよ、と思ったぜ。いや、ヤクザだってもう少し賢いやり方をするだろうな。彼は単に、こういう場合どう対処すればいいか知らなかっただけなのだ。何しろ、前例がないんだから。
・・・残念でした、当然懐にICレコーダーを忍ばせておいた私は超おもろい録音ができてしまったぜ。何かあったらこれを法廷に出そうかと思って身構えていたがさしもの社長もそこまでバカではなかったようだぜ。
俺が本気だと悟ったらさっさと矛を下ろして有給取得を認めやがった。
つまらんなー。まあ法廷闘争までは行かなくても、折角だからせめて社長に退職届を内容証明郵便で送りつけるくらいはしたかったんだが叶わなかったな。
俺の一生で最初で最後の退職戦争だよ。
思えばあそこで怒鳴られて良かった。こんな会社に、もう1秒もいたくないと心底思えたからだ。何の未練もなかった。俺の退職の価値が爆上がりしたのだ。
ありがとう、総務課長。
【反省】退職交渉のような、重大な交渉ごとでは、少なくとも3人同席の場で話し合いをしよう。タイマン(一対一)でやるとこうした恐ろしい状況を招きかねない。
初稿221215
投稿221219
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