(原題:母の逆を行け、から改題)
何だか、思い返してみれば、過去に母のアドバイスに忠実に従った結果、コレジャナイ結末を迎えた、ということがしばしばあった。
一例を挙げると、高校時代に車の免許を取ることなんか、担任に黙っておけば良いと言われて黙っていたらバレて説教を喰らったとか。
いつのことかと言えば、当然18歳の頃の話だから、世間知らずであるとはいえ、十分に自己責任で物事を判断できる年齢には違いなかったのである。
これも本当は正直に担任に報告してきちんと事情を説明した方がいいと思っていたのだが、母の意見を聞いて楽な方になびいた結果である。
あとは高校時代の同級生がバイクでヤンチャして事故って死んだことがあった。私としては一切関わりたくないと思っていたところ母が「拝んできなさい」と言うのでお悔やみに行ったらそこに居合わせた遺族から謂れのないイヤミを言われてひどく嫌な気分になったことがある。
これも、もともと持っていた「あんな奴と金輪際関わりたくない」という意見を曲げてまで母の意見に従った結果なのであった。
思えば、母の意見に真っ向から反対して、波風を立てたくなかったのかも知れない。いずれにせよ、その行動を決断した責任は私にある。
何ならこの時は、自ら車を運転して死んだ同級生宅に行ったのだから、明らかにその行動を決断したのは他ならぬ私自身である。
だから、別におかしな助言をしてきた母を責めるつもりはない。
誰だって、判断の誤り、間違ったアドバイスをしてしまうことくらいあるものだ。
それに、母のアドバイスとはいえ、そのアドバイスに従うと決めたのは私だ。少なくともその当時の私は、自分の意見よりも、母の意見の方が妥当なのかも知れないと納得した上で行動したはずなのだ。
だから、どっちにしろ私の決断なのだ。
逆説的だが、他人の意見に従おうが、その逆をやろうがどちらも私の意見であり、私の判断であり、全ての責任は私自身が負うのだ。
最終的にどの意見に従って行動するかを決定したのが私自身であると言う事実は揺らぎようがないからである。
それでもし失敗したら全責任が俺にある。
これを、「母のアドバイスに従ったからこんな目に遭った!母のバカヤロウ!!」と罵るのは全くもってお門違いも甚だしい。
言うならば「母のアドバイスが間違っていることを洞察することもできなかった幼稚な自分の判断能力が愚かだったせいだ」ということであろう。
人のせいにするな。
だいたいのことは俺のせいだ。そう思うことができれば、軽々しく他人に責任を押し付ける、無様な人間にならずに済むのだ。
だからこれでいいのだ
初稿210625
投稿230128
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