要約:違和感のある新技術を積極的に取り入れよう。次代の社会を担う、子供達のために。
本文:
共感を集めることが目的になってはならない。
いいね!を集めたところで社会が変わるわけではない。
社会を変えるムーブメントには常に「違和感」がある。
それはそうだろう。今まで慣れ親しんだ社会システムをかなぐり捨てて、得体も知れない、謎のシステムに置き換えようとする企ては、不安だし信用ならないし何より面倒くさい。
多少不便であっても、慣れ親しんだ古めかしいシステムにしがみついている方が楽で心地よいのだ。
違和感を持たれるビジョンや行動は、すこぶる大衆ウケが悪い。
しかし、社会の閉塞感を打ち破る改革というのは大体違和感があるもので、多くの反発、無関心は避けられない。
今の社会の基礎的な仕組み、法律は、当然現代の最新の情報ビジネス社会の状況を織り込んで構築されたものではない。
明らかに、旧時代の状況下で作られた制度に基づいて社会が運営されているから、仕組みを変えていかなければならないのだが、その古いシステム、社会インフラに慣れ親しんだ世代の人間が未だ多数派を占めているような昨今では、動こうとしない、変化を受け入れようとしない人々が多いので、結果として社会は変化せず、世界の潮流に取り残される。
実際にリープフロッグ現象というものがあって、これは日本などのいわゆる先進国に見られるような、前近代的社会インフラ(例えば信頼性の高い貨幣システム、ATMや自動販売機、銀行や郵便局などの金融機関が全国津々浦々に整備されているなどといった状況のことである)が充実し過ぎているとかえって革新的技術の浸透が遅く、それまで後進国(発展途上国)に甘んじてきた国々の方が先進諸国に先んじて先駆的インフラ、デジタル化をすんなりと取り入れることができたという事例をさす。
人間は現状に甘んじてしまって、わざわざ新しいことを始めるというリスクを取りたがらないのだ。
社会に閉塞感があり、それを打開したいと考えるならば、リスクは取らねばならない。
言うなれば社会を変えるということは、溺れている子供を助けるようなものだ。
池で子供が溺れていたら、その親は必死になって助けに行くだろう。そして、周りの人も親身になって手助けしてくれるに違いない。
今の子供たちは、我々の子孫たちは、我々以前の世代が作った古めかしい制度の溜池の中で溺れかけているのだ。
このまま放置していたら我々の子孫は確実に溺れ死んでしまうのだ。
だから、死に物狂いで助けてやらねばならない。そのために動くべきは今が働き盛りの私たちなのだ。
自らが掲げたビジョンが、将来の子供たちの未来を明るくするものであることが共感されれば、そしてものすごい熱量をもってそれを実現しようと努力するのであれば、必ず周りの人が支えてくれる。
社会変革の大きな手助けになるのだ。
ビジョンを実現するために、どれだけ必死になれるか。
パワーのある人に提言してばかりではインパクトが薄い。
自ら動いて自らがパワーのある人になり、積極的にリスクを取って新時代を切り開いていくことだ。
初稿220717
投稿220726
今日のひとこと

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出来事は全て完璧なタイミングで、完璧な形で起きる。人生にとって必ず何かの意味がある。
私は、楽しいことしかしない。楽しいことにみんなを巻き込み、みんなと一緒に人生を楽しむ。
私は全ての人を潜在的顧客として丁重に扱う。いつの日か、私のブルーベリー農園に訪れてくれる大切な顧客になるかも知れないのだから。
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