要約:将来楽しみが待っていると今から楽しみで仕方がなくなってくる。
本文:
遠足の前に、楽しみでソワソワ、ワクワクして夜も眠れない、そんな経験がある。
何なら今だって、ちょいと遠出して知人を訪ねるついでに、観光地巡りをしてこようと画策しているだけで、自然と笑みが湧き上がってくる。
それと同じことなのだ。
死ぬことは。
何を言い出すんだコイツは、と思っただろう。
安心しろ、みんな死ぬから。
そう、あなたも私も、必ず死ぬ。
違いは、遅く死ぬか、早く死ぬか。
たったそれだけ。
同じ死ぬなら、死んだ後に極楽浄土に行きたくないか?
私は行きたい。
極楽浄土ってのは、永遠に幸福でいられる世界だ。
それでもって、私のような凡人でも、極楽浄土で修行すれば仏になれるのだそうだ。
全宇宙にいる無数の仏の、一仏になることができる。
行きたいじゃない。
ていうか、死後に往くのが極楽浄土以外だとすれば、死んだらどうなるか全くわからないのだ。
それで、極楽浄土に行く方法を調べてみた。
極楽浄土作ったのは阿弥陀仏さんで、行き方は、「阿弥陀仏さんの極楽浄土に行きたい」と願うだけだ。
簡単だろう?
それだけで、どんな人でも極楽浄土に生まれる身にならせていただけるのだ。
阿弥陀仏のお力によって。
釈迦がそう言ってるんだから間違いない。
何と有難いことではないか。
あとは、ただ生きて、ただ死ぬだけでよいのだ。
後は全て、阿弥陀仏にお任せだ。
あなたはどうか知らないが、少なくとも私は、阿弥陀仏に救われたのだ。
ということは、死後に必ず阿弥陀仏の浄土に往けることが確定したのだ。
弥陀の浄土往きの片道切符がもらえたのだ。
うわー楽しい!今から何と楽しいことだろうか!!
この世のことではない、未来永劫の幸せの世界に往けるのだ!
・・・とはいえ不安が・・・。
わかるわかる。
だって私たちは何も知らない凡人だ。
極楽浄土がどういう所なのか、想像もしようがないじゃないか。
仏の知恵をもってしか知る術はないのだ。
それに、死後が明るいとはいえ、死自体は苦しいことかも知れないし。
詳しいことなんかわからんが、私はとにかく◯◯年後に死んで、晴れて弥陀の浄土に往く。
それだけはっきりしていれば、十分じゃないか。
弥陀の浄土がどんなところかは、楽しみとして死ぬ時まで取っておけばいいさ。
いずれ来る、そのときまで。
初稿220822
投稿220823
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