要約:完璧主義に陥るのではなく、妥協しつつ徐々に完成度を高めていく努力をすればいい。
本文:
完璧主義を目指す人は辞書を最初から丸暗記しようとしてaから始めてアバンドンと言う単語(abandon:諦めるという意味。まさに。)が出たところで疲れ果てて諦めるのである。
つまり、完璧を目指しながら途中で放棄している。まさにジョークである。
99点は無価値ではない。100点より1点、価値が低いだけであり、98点は99点より1点価値が低いだけである。そのように0点に至るまでグラデーションのように連続的に価値が減少していくだけである。
できない事は素直にできないと認めよう。できることだけを着実にコツコツとこなそう。
仕事をしない理由を、仕事に手をつけない理由をあれこれ考えるのはやめよう。とにかく始めよう。
調子が悪くても仕事は定期的に進めなければならない。そういう時はなるべく質を落とさないように収めるという考え方が必要である。
できないことをやろうとするのは褒められた事では無い。それと同じようにできることを何もかも全部やろうとすることも同じように褒められたことでは無い。
他人に任せるべき事は当然他人に任せるべきである。
極端に言うと仕事の質が低いからやらないとか、かえって時間がかかるからとか言う理由で仕事をやらないよりも、とにもかくにも仕事を進めた方が良いのである。
酒に酔いながら仕事を始めて、シラフの時に編集する。
既にできているものを直すのは簡単だが、何もないものを1から作り出すのは大変難しい。
特に手を抜くべきところは、最初の1歩である。とにかく始めてしまえば、なんとか先に進むのである。もしそれが間違っていたとしても、後で修正すればよいのである。
なかなか最初の1歩が踏み出せず時間が経過してしまってギリギリになって大変な思いをして質の低いものを作り上げてそして修正する時間もない。これが完璧主義者が落ちる負のスパイラルである。
ルールに則って行動すれば全てがうまくいくと思い込むこともまた完璧主義である。
そう、少しずつやっていけばそのうち終わるのだ。
完璧主義者が陥りやすい思考の1つとして百点でなければ全て0点という考え方がある。
この考え方は、完璧にできないのであれば初めから何もしないほうがマシという極端な考え方につながる。
今している作業は本当に必要な作業なのだろうか。実は無駄な作業なのではないか。一度他の人に相談してみよう。
人に全く迷惑をかけないで生きている人よりも、人に迷惑をかけながら生きている人の方が好かれる。
仕事と言うのはある意味で人助け、他人が起こしたトラブルをケアすることである。
ハードルを低くすればその分生きるのが楽になる。
仕事を完璧にこなすのは不可能である。その不可能に挑戦する限り時間は永遠に必要になる。
例えば、これから書こうとする1文をより良いものにしようとするために1日考えて考えて考え続けることだってできる。そんなことをしていても完璧な文章など作れないし、時間がいくらあっても足りない。
だって文章なんて変幻自在なのだから、何が合っていて何が間違っているかなんて、わからんじゃないか。そこで必要となってくるのが「ま、これでよし」という妥協、納得の境地である。とりあえずのクオリティを確保したと思ったら、良しとして次に行く。そうしなければ、答えのない問題に延々と関わっているよくわからんことになってしまうのだ。
実は、誰もが仕事に妥協しているのである。だからこそ仕事ができあがるのである。
結果的に何が求められているのか最初に聞いてしまってそれに至るまでの最も簡単な道のりを考えればよい。
上司が常に正しい指示を出せるとは限らない。それに、上司自身も正しいと思っていない指示を出すことさえある。それゆえに、事前の確認と、交渉、途中段階での擦り合わせは必要なのである。
結局のところ、完璧主義の人がどんなに早く仕事に取り掛かろうとも、仕事は完璧に終わる事は無い。
人間のやること、完璧はあり得ない。だから、完璧でなくても問題ないのだ。
完璧完璧というが、そもそも完璧って何だろう。完璧というのも、単なる幻想に過ぎないのではないか。机上の空論というやつだ。現実世界には程々に妥協したものしかないのではないか。完璧というのはただの自己満足でしかないのかも知れない。
ギリギリになってから仕事に取り組むことのメリットとしては、何よりも無駄なことをしない、無駄なことをする余裕がないと言うことである。
減点方式ではなく、加点方式。最低LINE、ここまでやっておけば致命的では無いと言うLINEを作るのである。
手を抜いた結果、どんな悲惨な状況になるかを考えることによって、いざとなれば仕方がない手抜きと、許されない手抜きとに分類できる。
完璧主義の人は、ちょっとしたミスでも耐えられないと考える感受性の高い人であると言えるのである。
ちょっと鈍感な人になろう。
絶対に起こしてはならない失敗とは何か。これを考えるにあたって、考慮すべきなのは、それに巻き込まれる人の数だよ。巻き込まれる人数が少なければ程度が軽いし、人命が失われるような事態になれば、程度が重いと判断できる。
完璧な仕事など存在しないのであって、明らかに時間がなくて不完全でしかないものを出していたとしても、指摘されたら直せば良いのである。指摘されないかも知れないし。不十分でも問題ないかも知れないし。わざわざ自分からこれは不完全ですと明らかにする必要は無い。
完璧主義志向の人は、常に周りに自分の不完全さをアピールしている。
自分の文章に誤字脱字があったとして誰か死ぬことがあるだろうか。痛い目にすら遭うことはないだろう。誰かがそれを指摘するまで黙っていればいいのだ。自らそれを指摘して回る必要は無い。
仕事というのはやってみないとわからないところが往々にしてある。それゆえに試行錯誤は必須である。
こだわりすぎることで仕事が進まない状態よりも、少しでも手をつけることによって仕事が前進していくという成功体験が得られる。そのメリットを実感することこそが成功への第一歩である。
完璧主義者がまず犠牲にするのは自分である。しかし最終的に頼れるのは自分しかいない。その自分の最も大事な健康であったり時間であったりを、真っ先に犠牲にするのが完璧主義者である。
完璧主義者がまず犠牲にするのは自分自身、家族、友人、そうしたいざという時に最も頼りになる存在である。そして、それらへの配慮やそれらに割く時間を削ってまで忠義を捧げようとしているのは、いざという時に自分を見放すだけの会社であり、厳しい上司であり、会社から得られる報酬である。
一体、何が大事なのか。
まるっきり、大事にすべき順序が逆転していることに気付くべきである。
仕事の質についてこだわりすぎるというのは仕事の質について批判されることへの不安の表れである。
自分で自分にアドバイスをしてみる。他人が自分を見たらどうアドバイスするだろうかと考えてみるのが良いのである。
失敗するのは緊張感が足りないせいだと思い込んでいる。しかし、実際過度な緊張は仕事にとってマイナスでしかない。
集中力をより高めるためにはむしろリラックスする必要がある。
まずは一呼吸おいてゆるい感じで仕事に向き合おう。
初稿180317
投稿230117
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